2012年6月1日金曜日

胎児位置異常(逆子)における鍼灸治療の効果について|鍼灸治療[ヒノヘルスオフィス]


  1. HOME
  2. 院長コラム 胎児位置異常(逆子)における鍼灸治療の効果について

はじめに

 鍼灸治療は体表への機械的・物理的刺激療法であり、自律神経の失調すなわち交感神経緊張状態を抑制し副交感神経活動を促進させることで、さまざまなストレスを軽減し、精神的にも肉体的にもリラックスした状態をつくり出す。
 鍼灸治療による逆子の矯正は臨床上しばしば経験する。「母胎が良い状態になることによって、お腹の子も居心地のいい位置になれるような気がする」。これは逆子を経験した、ある妊婦の言葉であるが、鍼灸治療による大きなリラックス効果がもたらした結果といえよう。"病は気から"という言葉がある。母親が「逆子だ!逆子だ!」と言い聞かせていると、お腹の子も身動きできないのではないかと思う。
 「逆子であっても帝王切開で安全に分娩できるから」と担当ドクターから説� �されて、何の考えもなく帝切分娩を受け入れる妊産婦がどれくらいいるのか。やはりできれば自然な出産を希望する人が多いのではないかと考える。

分類と原因

 いわゆる逆子とは胎位異常のことであり、東洋医学では「胎位不正」という。分類としては、骨盤位(縦位):臀位・足位・膝位、横位、斜位に分けられ、臨床上で問題になるのは骨盤位分娩である。そのうち臀位は約70%、足位は約30%、膝位は稀である(※1)。体位異常の原因、あるいは誘因としては不明の場合も少なくないが、

  1. 胎児の異常(未熟児、奇形、双胎など)
  2. 羊水過多・過少
  3. 前置胎盤
  4. 子宮の奇形および骨盤内腫瘍(双角・重複子宮、子宮筋腫、卵巣腫瘍など)
  5. 子宮および腹壁弛緩
  6. 臍帯の過長

などがある(※2)。


preeclampciaの肋骨痛

鍼灸治療の効果

 妊娠期間における症状には、切迫流産、妊娠悪阻(つわり)、機能性子宮出血、妊娠中毒症、胎児位置異常(逆子)などがある。このような妊娠管理に対する鍼灸治療は、石野信安医師ら(産婦人科)により1949年(昭和24年)以降、半世紀以上にわたり臨床研究が行われてきた。妊娠後半期に三陰交(足の内果、上方三横指のツボ)へ施灸することで胎動を強く感じるようになり、胎位異常(逆子)が、この施灸によって正常位に自然回転する効果を認めた(※3)。さらに、三陰交の施灸により下肢の浮腫減退、下肢牽引感(だるさ)の消失、分娩時には分娩時間の短縮(分娩促進)、出血量の減少、和痛分娩の効果などがみられたという(※4)。
 林田和郎医師(東邦医科大学/現在、はやしだ産婦人科医院)による1987年の報告(※5〜6)では、1978年12月1日よ� ��1984年12月31日までの約6年間の、静岡県藤枝市立志太総合病院「さかご外来」における584人の骨盤位に対する三陰交の灸頭鍼治療により、525人(89.9%)の妊婦が正常位になったとある。藤田保健衛生大学、坂文種報徳會病院での365症例の逆子治療(三陰交、至陰、その他)のデータでは、妊娠26週から30週+6日までの、他に異常所見のない骨盤位176人中、166人は頭位に戻り、矯正率は94.3%であった。
 逆子治療の代表的な治療点としての三陰交は、足の太陰脾経の経穴であり、その名のとおり、肝、脾、腎の三陰経が交わる、産婦人科領域における重要なポイントとされる。さらに、この三陰交は胞中(子宮)に始まる衝脈(奇経)の会穴でもある。また、至陰は泌尿・生殖系とも関係が深い足の太陽膀胱経の経穴で、小趾外側爪甲根部の井穴であ る。
 東洋医学(漢方、中医学)において、月経・妊娠・出産といった女性の生理現象には「肝」・「脾」・「腎」の3つの臓、「任脈」・「督脈」・「衝脈」という奇経の経絡、さらに「気」・「血」・「水」の概念が加わり、それぞれが密接な働きをしている。


5週間妊娠軽度の痙攣と背中の痛み

鍼灸治療の安全性

 妊娠中における鍼灸治療の安全性については、林田医師は「反復施行した場合でも本法によると思われる副作用はまったく認められず、安全で有効性の高い矯正法である」(※5)。あるいは、高橋ら(※7)は、「緊急処置を要するような危険性はなく、安全面では特に優れている」と報告している。また藤田保健衛生大学の川瀬らは「骨盤位に対する鍼灸治療は安全であり有効である。さらに帝王切開を回避することが可能となり、医療経済効率にも有効である」としている。

症例報告

HINO Health Officeでの逆子治療の特殊なケースを紹介する。

症例1

 30歳、初産、初診時36週(臀位:Breech presentation)、三陰交&至陰の施灸、さらに全身調整の太極療法の単刺術を行ったが、胎児は正常位とならなかったため、2000年9月13日帝王切開にて出産(2,954g:女児)した。逆子に対する鍼灸治療の効果が得られなかったのは臍帯巻絡が原因であった。

症例2

 28歳、第2子目の出産。(第1子は逆子のため帝王切開で出産している)初診時22週、鍼灸治療(症例1と同じ)開始2週間後に正常位となる。その後、再び骨盤位(逆子)に戻った。約1か月後(30週)胎動活発となり頭位に復したが、予定日に陣痛が始まらなかったとの理由により、2003年5月7日帝王切開にて出産(2,800g:女児)した。やはり既往帝切分娩が問題となったのであろう。
VBAC:前回帝切後の経膣分娩(vaginal birth after cesarean section)を選択するか、従来通り反復帝切を行うかという点については、子宮深部横切開術の導入以来、現在では完全子宮破裂はほとんどみられないこと、分娩監視装置による胎児仮死の診断、ならびに超音波診断法の普及で無警告破裂(silent rupture)の危険を事前に予測できることなどを考慮すると、不必要な反復帝切には賛成できない。


妊娠後期の発熱

考察

 骨盤位の産婦人科的矯正方法としては、従来より自己回転促進法(膝胸位、側臥位)、骨盤位外回転術(external cephalic version:ECV)、内回転術(ICV)、双合回転術などが行われてきた。各療法はそれぞれ効果があまり期待できなかったり、逆に効果は十分あるが危険を伴う手技であったりと、産婦人科医の評価は必ずしも一致していない。
 胎位異常(骨盤位)に対して鍼灸治療が著効を示すことはこれまで述べてきたとおりである。鍼灸治療の有効性について林田(※5)は、三陰交および至陰の灸頭鍼により、下肢全体での皮膚温上昇を認め、その結果として皮膚血管の拡張、血液粘性の低下、血流量の増加など、下肢血行動態の変化をとおして子宮-胎盤の循環改善、あるいは、子宮壁の緊張緩和や胎動の亢進が胎児自己の回転を促進している可能性があると述べている。また、逆子治療により子宮動脈および臍帯動脈の血流量が増大し、そのため子宮循環抵抗� ��低下が子宮筋トーヌスの減少をもたらし、この子宮筋の弛緩が胎動を容易にさせた結果、骨盤位整復に効果的に作用したと高橋らは考察している(※7)。しかしながら、胎位変換に至るメカニズムに関しては医学的に十分解明されておらず、胎児の回転を促進させる要因についてさらに検討する必要がある。
 ここで、逆子の鍼灸治療をいつ始めるかについては、林田医師の臨床経験に基づき妊娠26〜28週ぐらいが適当であると私は考えている。それは、骨盤位であった場合、分娩までの自己回転率は妊娠28週で90%、32週からでは80%、36週になると65%と、出産予定日が近づくにつれて胎児の自然回旋率が大きく低下するというものである。また、臨床上からも、逆子治療を早めに開始することに何ら問題はない。
 さて、胎位異常の うち自然矯正される大部分は、妊娠32週以前に整復しているデータ(※8〜9)を考慮すると、妊娠30週前後での鍼灸治療効果判定の厳格さが要求される。東京女子医科大学産婦人科(至誠会第2病院)の高橋らは妊娠32週までは矯正効果を明確にするため、一切の治療をせず自然に任せた結果、妊娠28〜32週までに80.0%の自然整復を認め、妊娠32週以降に限って至陰への温灸療法を実施したところ、残りの61.
4%が正常位になったという。自然整復あるいは、鍼灸治療による矯正のいずれによるものかの効果判定については厳密には議論の余地がある。しかし、胎位異常の初産婦にとって経膣分娩が可能なのか、逆に帝王切開に移行せざるを得ないかは、第2子目以降の出産に大きく影響してくる。症例2でも述べたように「逆子が治ったら自然分娩にしましょう」という、担当医の当初の見解は簡単に変更され、安易な反復帝切という極めて不本意な結果となったことを明記しておきたい。

まとめ

日本産科婦人科学会周産期委員会の2001年次の調査データから、わが国における1年間の骨盤位分娩数を推計すると80,540となる。すなわち、毎年8万人を超える逆子が生まれている計算になる。このうち大多数は帝王切開による分娩を選択していると考えられる。メアリー・ハンナ医師ら(※10)による、国際的大規模多施設無作為対象化臨床試験(international multicentre randomized clinical trial)の結果を受けて、2001年12月、ACOG(American College of Obsterics and Gynecology:米国産科婦人科学会)は、「正期産単胎骨盤位における分娩取り扱いのエビデンスについて、経膣分娩を試みることなく予定帝王切開にすべきである」との勧告---Mode of Term Singleton Breech Delivery(ACOG Committee Opinion Number 265,2001)(※11)を出すに至った。このことから、今後わが国でも安全が十分に確保されるケースも含めて、骨盤位での帝切分娩は、飛躍的に増大すると予測される。逆子の矯正に鍼灸治療が著効であるという事実は、一人でも多くの、お腹にメスを入れない"自然な出産"を望む妊産婦にとって、このうえない福音となるものと確信している。
 最後に、分娩方法の選択について"自然な出産"を可能な限り妊婦が望むとすれば、鍼灸治療による逆子の矯正は、安全かつたいへん有効な方法という社会的コンセンサスが早く得られることの重要性を痛感している。
 鍼灸治療は逆子に著効あり!逆子で悩む妊産婦に対して、不妊症をはじめ産婦人科領域における鍼灸の有効性を、本稿をとおして知ってもらえれば望外の喜びである。

医学書院『助産雑誌』第58巻第10号・P80〜83/2004年10月25日発行


(※1)杉山陽一:胎位異常;綜合産科婦人科学. 医学書院
(※2)目崎 登:胎位異常;今日の診断指針. 医学書院
(※3) 石野信安:異常胎位(逆子)に対する三陰交施灸の影響. 日本東洋医学会誌
(※4) 石野信安:妊娠分娩に対する三陰交施灸の効果. 日本東洋医学会誌
(※5) 林田和郎:東洋医学的方法による胎位矯正法. 東邦医学会誌
(※6) 林田和郎:鍼灸による矯正(さかご外来の実践). 助産雑誌
(※7)高橋佳代、相羽早百合、武田佳産:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について. 東京女子医科大学雑誌
(※8)Cardini,F.,Marclongo,A.:Moxibustion for correction of breech preseentation.Am.J.Chin.Med.
(※9)丹羽邦明,他:骨盤位に対する灸療法の試み . 日本東洋医学会誌
(※10) Mary,E.Hannah,et al.,for the Term Breech Trial Collaborative Group.:Planned caesarean section versus planned vaginal birth for breech
presentation at term:a randomised multicentre trial.Lancet
(※11)The American College of Obstetricians and Gynecologists.:Mode of term singleton breech delivery.Obstet Gynecol.
(※12)新周産期登録システム検討小委員会:日産婦誌
(※13)自然なお産がしたい . 文化出版局



These are our most popular posts:

産婦人科

2009年9月6日 ... 過去に腰痛経験のある女性の方が、より妊娠期間中に腰痛が再発することが多く、また より早い時期に腰痛が始まりがちです。 妊娠中の骨盤痛には以下の3つのタイプが あります。 ■恥骨結合機能不全(恥骨離開) ■腰椎と仙椎の痛み(腰痛) ... read more

逆子(骨盤位)の鍼灸治療

分娩時和痛、分娩時間短縮 脾兪、胃兪、三焦兪に通電分娩時、痛みが最大になる時、 針をすると効果的。 ... 特に妊娠中は薬物療法が制限されるだげに有効な非薬物療法が 求められ、鐵灸治療(ツポ療法)に期待が寄せられている。 そこで、これまでの助産領域 における鐵灸治療の臨床成果をまとめ、どのように助産業務に活かすかについて紹介 する。 ○つわり ..... 更に川田らは、36週の妊婦に次りょう、三陰交に円皮鍼を貼付した 15例を治療群とし、無刺激22例を対照群として、産痛分娩時間・出血量について検討 した。 read more

助産に生かす鍼灸医学

埋没縫合を行った場合には、抜糸の痛みがないうえ早期の退院も可能になりました。 ... 骨盤位分娩に関しては、胎児の安全性を重視して帝王切開を選択していますが、妊娠中 から骨盤位整復体操(さかごの整復 ... また、整復体操を行っても骨盤位である妊婦さん には、妊娠36週ごろに医師がおなかの上から手で整復する外回転術も施行しています ... 分娩における入院日数は、初産婦さんでは約6日間、経産婦さんでは約5日間です。 read more

女性の腰痛&骨盤ケア: 腰痛&骨盤ケアアーカイブ

2012年5月25日 ... 我々産科領域の人間はしばしば思っています。 .... 妊娠35週の時点でも、やはり骨盤位 で、すでに3000グラム近くありました。 .... 今日は36週6日ですが、赤ちゃんには大きな 問題はないでしょう 「週数にこだわる時期でもないんですが・・・。」 .... 痛みや子宮の超 音波所見など、こうも典型的な症状がわかりやすく出ていると、 ... read more

0 件のコメント:

コメントを投稿